おはようございます。
もち子とすし子です。
🌟このブログに繋がってくださり、ありがとうございます🌟
私たちのブログでは、体験したことを「自分は・自分が」と言う観点から振り返り 何気ない日常が心地良くなるようにしていくための方法などが載せてあります。
一昨日は『全て思い通りになる世界』を考えたら、今自分は思い通りになっていないと思い込んでいるんじゃないか?と言うことに気がつきました!!👇コチラ
昨日は、そこからもち子とすし子の思い込みには似ているようで違いがあったことを発見!
今までは【思い込んでいる】と言うところまでしか気づけていなかった。👇コチラ
今日は【思い込みの原点の違い】について
2人で話したことを書いていこうと思います。
まず、もち子の思い込みを分析すると・・・
- 妻として夫を支えなければいけない。
- 義父・義母にいい嫁だと思われたい。
- 母親として常に正しくいなければいけない。・・・など
今よりも便利な情報が少なく、自分の役割(妻・嫁・母親)から逃げるという選択肢すらなかった。だからその役割をやり切る・極める方に思い込みを増やしていった。
次に、すし子の思い込みを分析すると・・・
- お母さん(もち子)がそうしてきたから、私も頑張らなきゃ。
- 周りのママさんはこうしているから、私もやる。
- SNSでこう書いてあるから、こうするべき。・・・など
選択する幅は増えたけど、情報があり過ぎて振り回されていた。周りを見すぎて自分のできる範囲より背伸びして頑張らないといけないと思っていたから、逃げたいけど逃げれないと思い込んでいた。
2人の思い込みを振り返って気づいたことは、
思い込みの原点にはその時の時代背景や環境が大きく関わっているのでは??
と言うことに気がついた💡
もち子とすし子の思い込みを分析してみたけど、
どちらにも言えることは・・・
その時の等身大の自分を見ていない
ってこと。
見ていないから理想を追い求めたり、誰かを横に置かないといけなかった。
でも、時代背景とか環境とかを理由に自分の都合のいいように思い込んでいただけ。
思い込むことすらも無意識に利用してただけだった。
難しく考えすぎてたわ・・・私たち😅
人は常に⭕️❌をつけたがる
自分にも誰かにも
どうもこの⭕️❌を付けずにはいられないらしい
こればっかりはしょうがない。そういう生き物だから。
過ぎたるは猶及ばざるが如し(すぎたるは なお およばざるがごとし)
と言うことわざを見つけました💡
度が過ぎたものは、足りないものと同様に良くない。
不十分なのも困るが、過剰なものには弊害があり、
物事にはほど良さが大切である。
どんな自分が出てきても、さっきのことわざのように
ほどよさ つまり・・・
心地良いを選択する
これに尽きるような気がする!!!
ここまでマニアックになる必要ないよね笑笑
読んでいると、「こんなこと出来ない・何だか面白くもない」
と感じたりするかもしれません。 なぜかというと気づいて変化させたバイブレーションが 読んでいる人に気づきのスイッチが入るように意図して書いています。
偉そうにするつもりはありません。
でも、今まで何も変わらない・変わってくれないと嘆いていた出来事や人が 自分の考え方や捉え方で変わってしまいます。 変わったことが実感できてしまったら、もう前には戻れません。
自分が気づくだけで、周りが変わったかのようになるのなら、 あなたもぜひやってみる価値があると思います。
心地の良い場所は自分で作ることができます!!!
明日は、すし子の次男の3歳児検診があるので、お休みします🌟
来週の月曜日にまた投稿します🎵